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2025/06/20

スペシャル対談:アスリート&企業

スポーツ選手でありながら企業の正社員、そして同時に政界へと進出をした経歴を持つJCF橋本聖子会長、そしてJCFをスポンサーとして支え続けて10年以上、競技と仕事の両方でキャリアを積める「デュアルキャリア」をグループ全体でも推進。自らもロードバイクを通勤の手段として取り入れているサイクラーズ株式会社福田隆代表取締役。

JCFがお届けするスペシャルトーク「アスリート&企業」。

アスリートの価値とは?企業側がこれからアスリート人材とどう付き合っていくべきなのか?

名実共に日本のアスリートをけん引する橋本聖子氏、そして自社内に明確な狙いを持ってアスリートを雇用する福田隆氏によるディスカッションをお届けします。

【アスリート人材への期待 ポテンシャル】



(福田)私自身、学生の頃からラグビーをやっていまして、中学から大学まで続けていました。そういった経験もあり、アスリート、つまりスポーツ選手が競技だけでなく、トレーニング計画や目標へのコミットメント、立てたプランを徹底的に実行するという姿勢は、他の仕事や人生にも大いに活かせると感じてきました。

例えば自転車のロード選手も年間で強化の計画を立て、常に数値の管理をしています。そういったことは、仕事に置き直すと、とても高度なことを実施していると思います。当然、レースになれば戦略が加わったり、むしろ仕事の業務でやっていることよりも高度なことを普段行っているので、本当にビジネスとして活躍できると期待をしています。

我々はアスリートにただ仕事を提供するのではなく、競技を続けながら競技で学んだことを会社に還元してもらい、逆に仕事を通じて新たなことを学んでもらいたいと思っています。そういった両立の仕組みを取り入れることで、会社としても多様性ある人材を育てることができ、アスリート本人のスキルやポテンシャルもより活かせると思っています。

現在は、自転車ロードレース「TeamCyclersSNEL」の選手が6人、地元大田区のハンドボールチームの選手が3人、それぞれ地域のチームに所属しながら働いています。彼らは午前中に仕事をし、午後は競技に打ち込むという形です。バスケットボール選手も2人在籍しており、それぞれの競技の特性に合わせて働いています。工場での作業、営業職、EC関連など、職種もさまざまです。

【雇用されていた経験が人生に活きる】




(橋本)私も現役時代のことを思い出してしまいますね。普段は職場に通っていて、勤務地は富士急ハイランドの先にある富士急行でした。合宿以外の朝練習は基本的に自由参加で、それぞれが自分でメニューを考えて取り組んでいました。練習後は9時から勤務が始まり、15時まで仕事をして、その後またトレーニングに戻る、という毎日でした。

業務内容はというと、勤務先が遊園地でしたので、お客様が多く来場される土日などは、キッチンカーの運営や、プールの監視、レンタル品の貸し出し業務など、外に出てサポート業務に入ることもありました。

こう言っては語弊を招くかもしれませんが、当時は外で働く時間が本当に楽しくて仕方がありませんでした。普段はデスクワークが中心で、決まった業務を淡々とこなす中、たまに外の業務を手伝うと、それが気分転換になりました。たとえば、ソフトクリームを作ったり、ポテトフライを揚げたり、フランクフルトを焼いたり――いわゆるフードコートの仕事ですね。失敗したソフトクリームを、スケート選手同士でこっそり食べ合ったりして(笑)。冗談のような話ですが、本当のことです。そうやって息抜きをしていたんですよね。でも、ある程度の成績を出すようになってからは、私が目立ってしまうこともあって、「業務の邪魔になるから」と言われて、最終的にはデスクワークに戻りましたね。

本当は、そういった仕事も企業にとっては「宣伝」の一部でもあるわけで、プロとしてやることの意義はすごくあると思っていました。スケートは冬のシーズンに遠征が多く、勤務に就くことは少なかったですが、一方で夏場のオフシーズンは仕事に入ることが多く、その時間がとても良い気分転換になっていました。

仕事をする中で自分の在り方や、会社にどんな形で貢献できるのかを考えるようになりました。スポーツをしながら社会人として働くことの意味、会社が私たちに何を期待しているのか――そういうことは、実際に業務に携わってみないと分からない部分がたくさんありました。あの時間を与えてもらえたことは、本当にありがたかったなと思っています。社会を知るきっかけになりましたし、仕事が終わってすぐ練習という、肉体的にはきつい時期もありましたが、精神的にはとても大きな糧になったと思っています。今こうして振り返ってみても、「あの経験があったからこそ、今の自分がある」と、心から思える時間でした。

(福田)私がちょうど中高生くらいの頃ですね。その頃、聖子さんがオリンピアンとしてメダルを獲得されていたのがスピードスケートですよね。当時、クロスカントリー用の山道コースがあって、そこをみんなで登ったことがあります。登ると腿がパンパンになり、それで「橋本聖子みたいになれるぞ!」って、みんなで言いながら登っていました。懐かしいですね。あの頃は原始的というか、本当に地道なトレーニングをしていて、相当追い込んでいらっしゃったと思います。しかも、その追い込むようなトレーニングをする前に、会社の業務にも就いていらっしゃったんですね。

(橋本)かなり気分転換にもなったんですよね。加えて社会と接するきっかけにもなっていました。社内的には…スケート部や自転車部があることで、「競技だけ行って仕事をしないなんて羨ましいな」と思って見ている社員もいたと思います。でも、実際に一緒に仕事をすることで、その事業所やグループ全体が応援してくれるような、会社全体の機運の醸成につながった、という意味も大きかったと思います。スケート部全体としては、やはり企業人として事業に参加することの大切さを学ぶ、という方針をとってきたので、今のようにスポンサーを複数つけて、ある意味“プロ”的な形で活動している選手たちとは、少し違っていました。社会と接する時間というのはすごく重要で、その経験を通して、選手自身の競技に対する考え方が大きく変わってくることがあります。私自身の実感としても、本当に良い取り組みだったなと思っています。

【アスリートと企業 双方のWin-Win】




(橋本)今は一定の規模以上の会社は障害者雇用の義務があります。その中で、障害者雇用に関して「全てパラアスリートで」と取り組んでくださっている企業があります。最近は、企業に選手を紹介する機会も増えてきました。企業には「身体に不自由があっても、ハンディキャップがあっても、トップアスリートとして頑張っている姿を社員に見せたい」という想いがあるんです。目標を持って、誰が見ても「これは無理だろう」と思うようなことにチャレンジして、実際にそれを成し遂げてしまう。そして、日常の業務も普通にこなしている。その姿を見て、何も言わなくても自然と社員の意識が高まり、仕事に対する姿勢が変わっていく。そんな効果を期待してくださっています。

パラアスリートを単に「応援する」ということ以上に、「社員の教育の一環」として受け入れてくださっている。そうした姿勢には、本当に感謝しています。私は、さまざまな企業にアスリートを紹介し、スポンサーになってもらうよう働きかけています。企業からの依頼でパラアスリートを紹介することもあれば、アスリートからの依頼で企業を紹介することもあります。どちらの場合でも共通しているのは、「どうすれば自分の価値を高めることができるのか」という視点を持っているということです。

企業側にとってどんなメリットがあり、どうすれば会社全体のモチベーションが高まるのか、その点を今のアスリートは真剣に考えてくれています。そういった姿勢が、本当にありがたいなと感じています。

企業とアスリート、双方のメリットを考えないと、お互いに良い関係を築いて高め合っていくことは難しいと思います。もちろん、アスリートが契約料をいただいて活動を継続できることは、それ自体でありがたいことです。でも、それだけで満足するのではなく、支えてくださる企業の情熱にしっかりと応えていかなければならない。それが結果にも繋がっていくと信じています。そういう情熱が、会社の側からもアスリートからも強く感じられる関係こそが大事なのではないでしょうか。

(福田)会社内の選手たちからはプロ意識を感じます。当社に所属している選手に、「練習やトレーニングに嫌になることはあるか?モチベーションが上下することはあるか?」と聞いてみたことがあります。返答は「あまり関係ないです。やらなきゃいけないんで、やるだけです」でした。決められたトレーニングを粛々と、当然のようにこなしていく。そういったことを当たり前のようにさらっと言います。

そういう言葉や姿を見ると、本当にプロの選手だなと感じますし、選手に限らず、仕事人としてのプロ意識のようなものを見せられると、こちらもハッとさせられます。そして今、お話を伺っていて思うのはパラスポーツの選手の方々のほうが、より強いメッセージ性を持っているように感じるということです。自分自身を高め、限界まで追い込んでいく。その姿勢は本当に凄いことだと思います。

【アスリート同士の刺激 限界は限界では無い】

(橋本)ナショナルトレーニングセンターが2008年に開設されたのですが、その隣には医科学研究所も併設されています。医科学研究所を作ってから、本当に良かったなと私は感じています。以前は、それぞれの競技団体が単独で合宿を行っていたのですが、ナショナルトレーニングセンターの設置によって、“異業種交流”が可能になったんです。選手たちは夜に施設で宿泊し、食事も共通のダイニングで摂ります。すると、当然、自分たちの競技とは異なる種目の選手たちとも顔を合わせることになります。そこで自然と交流が生まれるようになったんですね。

当初から狙いの一つでもありましたが、空いた時間を活用して「アカデミー」という取り組みも行っています。さまざまな分野の講師を招いて、たとえば今日は栄養学、別の日はメダリストの講演、またある時は全く異なる分野の専門家に話をしていただいたりしています。

そうした講義を通じて、選手たちは自分たちの競技とは異なる視点に触れ、さまざまなことを感じ、学ぶようになります。たとえば、バレーボールのコーチの話を聞いたりすると、全く別の競技の選手たちがそこから刺激を受けたりして、他競技から学ぶという形が自然と生まれてきて、とても良い効果をもたらしています。

そしてもう一つ、特に印象的だったのは、パラアスリートと健常者アスリートとの交流です。この交流を実施したときに驚いたのは、健常者のアスリートの方がパラアスリートから学ぶことの方が多かったという点です。

健常者のアスリートが「ここが限界だ」と感じる場面でも、実際にその限界を超えて挑戦し続けているパラアスリートの存在が身近にあることで、「自分はまだ限界に達していないんだ」と気づくようになります。限界とはあくまで自分が決めたものであって、能力的にはまだまだ超えられる、ということを教えてくれるのが、パラアスリートの力なのです。

そのような刺激や相互学習の効果もあってか、ここ10年ほどで日本のアスリート全体の成績も非常に向上してきています。そうした成果からも、ナショナルトレーニングセンターの設立や交流の取り組みが大きな効果を上げているのではないかと感じています。

【人間力なくして競技力の向上なし】




(福田)少子化の影響などもあって、競技人口そのものは決して増えているわけではなく、むしろ減少傾向にあると思います。そんな中でも、メダルの数が増えているというのは、やはり、さまざまな取り組みの効果が確実に表れているということなんですね。

(橋本)「質を上げる」ということですね。様々な講義を行う中で、コーチや選手たちにも常にお願いしているのは、私がJOCの強化本部長を務めていたときのテーマでもある、「人間力なくして競技力向上なし」という考え方です。これは、今もナショナルトレーニングセンターの一つの柱として掲げてもらっています。

勝つことだけを目指すのではなく、同じ勝ちでも「勝ち方の質を上げる」取り組みをしてほしいと思っています。例えば、勝って喜ぶのか、勝って反省するのか――その姿勢ひとつで、その後の道がまったく違ってきます。

そういった取り組みは、アスリートを引退した後、社会に出てからも非常に重要な基本になります。だからこそ、現役時代から社会に関わりながら、いわゆる「デュアルキャリア」を磨いていってほしい。競技と社会、どちらの人生にもプラスになるような生き方を歩んでもらいたいというのが、私の願いです。

【アスリートにしかできないこと&それを支える企業】




(福田)おそらく今後、アスリートが社会に与える影響は、今よりもっと大きくなっていくと思います。

AIの登場によって、私たちが今やっている仕事の多くが自動化され、置き換えられていく時代になっています。私自身の仕事もそうです。そういう中で、スポーツというのは、まさに人間にしかできない価値を持っている領域だと感じます。

例えば、移動手段としてはクルマの方が速い。でも100メートルを走ることに意味があるのは、人間がその限界に挑戦する姿に、私たちは感動したり、心を動かされたりするからだと思います。スポーツには、そうした「挑戦する姿勢」や「努力の軌跡」といった、これから失われていくであろう“人間らしさの象徴”、そういった価値があると思います。

今後、人の仕事の比重が減っていく中で、スポーツのように人間の感情や心を動かすことの価値は、今より大きくなっていくと思います。だから、アスリートがやっていることって、実はすでに人間社会の未来の在り方を先取りしているようなものだと感じています。

私もかつてラグビーをやっていましたが、ラグビーのプレーそのものが、社会の中で直接的に役に立つわけではありません。でも、そのプレーの美しさだったり、身体の強さだったり、そういうものに私たちは魅了される。それが、人々の心を動かし、社会と深くつながっていくのだと思います。これからのアスリートは、あらゆる競技において、もっと社会的な役割や存在価値を持つようになると感じています。

(橋本)まさに福田さんのおっしゃった通りだと思っています。ラグビーの話だと、五郎丸さんが活躍されたとき、「にわかファン」という言葉が生まれたほど、一気に人気が高まりましたよね。そして2019年、日本でラグビーワールドカップが開催されて、日本代表が予選を全勝しました。そのときの盛り上がりは本当にすごくて、毎日のようにファンが増えていきました。

私は、あの出来事にスポーツの全てが詰まっていると思っています。個人競技にももちろん魅力はありますが、団体競技の素晴らしさは、社会を変える力があること。WBCでの大谷選手の活躍もそうですよね。あそこには、人間社会の理想のような関係性が表現されていました。相手を敬うことで、自分を高めていく。そういう姿勢が、スポーツを通して自然と見えてくるのが魅力なんです。

スポーツは、悩んでいる人に「この人があんなに大変な中でも頑張ったんだから、自分も頑張ろう」と思わせてくれる。解説を聞いて「あの人は陰で全体の勝利のためにこんなすごいことをしていたんだ」と知ると、自分の役割を重ねて考えられる。しかもそれは、年齢や性別を超えて、誰にでも届くメッセージになる。これがスポーツの持つ大きな力だと思います。

ただ、その価値をスポーツ界自体がまだ十分に“形”にして、表現できていないようにも感じます。もっと付加価値をつけて、社会に「売っていく」べきなんです。スポーツの魅力や感動を、産業として、あるいは文化としてきちんと伝えていく。そのことで、社会から得た支援を再びスポーツに還元し、さらにそれを社会貢献につなげるという循環が生まれていくはずです。

私が大切にしているのは「感動の共有と循環」です。これはAIにはできない、人間ならではの価値だと思います。そして今、そのスポーツを支えているのが「スポーツ医科学」なんです。

日本ではこの分野がまだ遅れていると言われていますが、これからは「対処療法」ではなく、「未病(みびょう)」、つまり病気になる前の段階で予防していくことが求められます。スポーツ医科学はまさに、その未病を扱う分野です。薬が使えない場面で人の体をどうサポートするか。そういう意味で、今後の地域医療にも貢献していく最先端の分野になっていくはずです。

だからこそ、企業やスポーツ界が協力して、「感動の見える化」や「社会貢献の見える化」を進めていくことが大切です。謙虚さを持ちながらも、その価値をもっと伝えていかないといけない。まだ多くの人が、その価値に気づいていないんです。だからこそ、私たちが動かないといけないと強く感じています。

【スポーツ&ビジネス】




(福田)例えば2021年に延期になって開催された東京オリンピックでも、「オリンピックを誘致すること」に対して、日本社会の中ではイベント事に厳しい目が向けられていたように感じます。

でも、やっぱり予防医療の観点から考えても、「激しい運動でなくても、少し体を動かす方がいい」という意識を広めるきっかけとして、オリンピックってすごく価値のあるイベントだと思います。

今でも橋本聖子さんがゴールを切ったあとに倒れ込んだあの場面——あのシーンが、僕の中では鮮明に思い浮かぶんです。しっかりと心に残っています。そのような姿から、きっと自分の人間形成にも何かしら影響があったと思うんです。「ここまで人間は自分を追い込めるのか」と。あの価値は、本当に計り知れないものだと思います。

それに加えて、先ほどから出ているビジネスの側面も重要だと感じます。アメリカでは、いわゆる「ボールパーク」として、スタジアムが単なる観戦の場にとどまらず、1日を家族で楽しめるようなエンタメ空間になっていますよね。スポーツを“見るだけ”ではなくて、“体験する”“一緒に楽しむ”という形になっています。日本でもみんなで取り組んでいけたら、スポーツの面とビジネスの面、その両方でいろんな可能性が広がっていくのではないかと、今日お話を聞いていて強く感じました。

【雇う側の視点】

(福田)アスリートを支援する方法には、さまざまな形があると思っています。たとえば、当社のように「雇用」という形もあれば、「スポンサー」として支援する方法もあります。

スポンサー契約の場合は、広告的な側面が強く、その選手のイメージや発信力などが重視されることが多いです。一方で「雇用」となると、単にスポーツの実績だけでなく、その人が企業文化に合っているかどうか、という視点も非常に重要になります。

当社の場合でいえば、「PVV(Purpose / Vision / Values)」、の考え方に基づいて人材を見ています。

行動規範を5つのValuesとして掲げており「テクノロジー」「感動」「誠実さ」「スピード」「挑戦」を大切にしています。



ですので、仮にどれだけ優秀な選手であっても、誠実さに欠けるようであれば、当社の企業風土には合わないと感じることもあります。それぞれの会社が持つ文化にふさわしい選手を採用していくことが、非常に重要なのではないかと考えています。単に競技の強さだけで評価するのであれば、いわゆる「純粋なアスリート」としての支援で十分だと思います。しかし、企業として「雇用」という形で受け入れ、仕事も担ってもらうという場合には、そのアスリートが企業文化や価値観に合っているかどうかが、非常に重要な要素になります。

【支援する側の在り方、支援される側の在り方】

(橋本)少し昔のことを思い出したのですが、バブル経済の時代は、アスリートの雇用環境が非常に恵まれていました。多くの企業が積極的にスポーツ選手を雇用し、スポンサーにもなってくれていました。

しかし、広告代理店の方ならご存じかと思いますが、バブルが弾けた際に、スポーツ支援から撤退した企業は大小合わせて約3,000社とも言われています。それほどの規模で企業が一気に離れていったのです。

そして明らかになったのは、日本のスポーツ支援は「人」に対してではなく、「広告・広報費」として扱われていたという事実です。言い方は悪いかもしれませんが、いわば税制対策の一環であり、企業の業績が悪化すると真っ先に削られる費目だったのです。結果として経済の状況により「アスリートは不要」となってしまっていました。こうした状況を受け、オリンピック委員会やスポーツ界は「人材育成」の必要性を強く感じるようになった背景があります。

その頃、私はすでに政治の世界に身を置いており、日本オリンピック委員会(JOC)から「企業がどんな人材を求めているか」というヒアリングの要請を受けました。その結果をもとに現在の「アスリートナビゲーション(アスナビ)」という制度が生まれました。経済同友会や経団連に協力を仰ぎ、総会や理事会などの場にアスリートを呼んでプレゼンテーションを行ってもらう。企業側は「この選手なら雇いたい」「この選手に対していくらならスポンサーできる」といった形で判断し、雇用や支援につなげていく仕組みです。

この仕組みは、バブルが弾け、経済的に余裕が無くなった社会から選手たちが一度「放り出される」ような状況を経験したことから始まりました。その際、企業に「どんな人材が必要か」と聞いて回ったのですが、当時、経済同友会の事務局長や専務の方からは「箱根駅伝のマネージャーが欲しい」と言われたことは覚えています。正直に驚きました。メダリストではなく、裏方を評価するという声があったのです。

当時、メダリストを雇用しても「社会性に欠ける」「自己中心的で馴染まない」といった声が少なからずありました。その背景には、企業の業績が良かった時代には「ノンプロ」として競技だけをやっていても良いという風潮があったことが影響しています。引退し、生涯雇用されても職場に馴染めず社会を知らないままでは適応できないという現実が浮き彫りになったのです。

このような状況を受けて、当時JOCの会長であった古橋廣之進先生が、「アスリートである前に、人間であれ」という理念を打ち出し、JOCとして人材育成に大きく舵を切る転機となりました。それがバブル崩壊後の日本スポーツ界にとって、ひとつの救いだったとも言えます。

この流れの中で、「人としてどうあるべきか」を出発点にスポーツに取り組むべきだという考えが根付きました。なぜなら、いかに素晴らしい成績を収めたとしても、そのメダルの価値だけで一生を生きていけるわけではありません。人間としての価値を高めなければ、メダルそのものの価値もいずれは失われてしまうという現実があるからです。

その理念の延長線上で、ナショナルトレーニングセンター構想が始まり、スポーツ医科学研究所が設立され、トレーニング施設の整備も進みました。古橋先生が目指していたのは、国が基盤を整え、研究と育成を通じて社会に貢献できる人間を育てる場所を作るいうことでした。

結果として、その取り組みの中で競技成績も向上してきましたが、最初に重視されたのは「人をどう育てるか」だったのです。その一環として「コーチングアカデミー」も創設され、これによってコーチの質が大きく向上しました。かつては競技実績と経験のみでコーチに就くことが多く、結果的にコーチとして通用しない現実がありました。専門的にコーチング学を学んだ人材を育成することで、より多くの有望なアスリートを生み出せる土台が整ったのです。

これが、今の日本のスポーツ界が世界的にも上昇して来ている背景だと考えています。




(福田)もちろんトップアスリートについてもそうですが、私の体感として、たとえば各高校のラグビー部の生徒たちに会う機会があると、どの学校の子たちも本当に気持ちの良い挨拶をしてくれます。どこに行っても、明るく、大きな声で挨拶してくれて、むしろ私たちの世代よりもしっかりしていると感じるほどです。見ず知らずの相手にも、恥ずかしがることなく自然に挨拶ができる。今の若い世代の方が、よほど礼儀正しく、好感の持てるコミュニケーションができていると感じます。

最近では、「スポーツ選手と人間性(いわゆる人間力)は非常に密接に関わっている」とよく言われますが、まさにその通りだと思います。また、どの競技においても、末端に至るまでコーチの指導力や教育力が向上していると感じています。かつてJOCが中心となって始めた人材育成や教育の仕組みが、着実に現場まで行き渡ってきている結果ではないでしょうか。

(橋本)現在のスポーツ界の指導体制については、「カリキュラムをきちんと作ろう」というところから見直しが始まりました。少し前までは、たとえばロンドンオリンピックの頃のパワハラ問題など、さまざまな課題が顕在化していました。そうした背景には、依然として「昔ながらの体育会系の体質」が完全には払拭されていないという実情があります。

このような旧来の体質とは、例えば「後輩を育てるためには叱ることが必要だ」といった考え方を持つ、古いタイプのコーチや指導者の存在です。それが尊敬できる人物からの叱責であれば、選手たちは素直に受け入れることができます。しかし、尊敬できないコーチや監督に怒られた場合には、選手たちも納得できないし、反発が生まれてしまいます。

そのため、指導者を目指すのであれば、現役時代から「人間的な資質を高めておくこと」が重要だという意識が、ようやく広く浸透してきました。将来コーチになるためには、競技力だけでなく人間性も磨いておく必要がある――そうした教育が進んできたことは、非常に良い流れだと感じています。

【企業×スポーツ 未来の形】

(橋本)現在、さまざまな課題がある中で、例えば「部活動の地域移行化」といった問題が挙げられます。これは教員の働き方改革と連動しているもので、必ずしも国が一方的に決定したわけではなく、実は現場からの強い要望によって進められてきた側面があります。現実には、スポーツの経験がない教員が部活動の顧問を任されてしまうケースも多く、そのうえで土日も休めず、時間外労働となってしまう。このような状況が教員にとって大きな負担になっており、結果として地域の混乱も生じています。

こうした背景を受けて、「部活動の地域移行」は現場のニーズと働き方改革が一致した施策でもあります。まずは土日から段階的にクラブへの移行を進めようという動きが出てきています。

この流れの中で、私が大切だと思うのは、企業が雇用を通じて健全な経営を行う中で、「健康経営」を一つの柱として位置づけることです。たとえば、一定規模以上の企業が障がい者雇用を義務づけられているように、今後は健康経営の観点からトレーナーや理学療法士といった人材の雇用が必要になってくるのではないかと考えています。

その延長線上として、地域クラブ活動への支援は行政だけでなく、実業団や企業が主体となって受け持つ時代が訪れると思います。企業は社内に留まらず、社会貢献の一環として外部にも多様な人材の活躍の場を広げることができるようになります。指導者や教員などの人材も、企業に雇用されながら地域に貢献することができる仕組みが生まれることになります。

また、アスリートの中には教員免許を持っている方もおり、自身の競技生活を続けながら、教育・指導といった形で社会に貢献することも可能になります。こうした取り組みによって、競技力の強化、社会貢献、そしてキャリア形成が一体となり、より良い循環が生まれるのではないかと考えています。

もちろん国の支援には限界があります。そのため、企業がその一端を担うことで、人材の育成や多様な分野への人材の共有といった社会的価値が高まります。私としては、今後、実業団や企業がどのようなメリットを見出し、どのようにして「ウィンウィン」の関係を築いていけるのかが重要だと考えています。これは私個人の願いでもあります。

(福田)実際のところ、中学・高校において部活動として団体スポーツを成立させることは、非常に難しい時代になってきています。現在は、バスケットボールのように比較的少人数で構成できる団体スポーツに人気が集中している傾向が見られます。一方で、野球やサッカー、ラグビーといった、より多くの人数を要する競技では、そもそもチームを編成すること自体が難しくなってきているのが現状です。

こうした状況を現実として受け止めたとき、従来通りの「学校単位」でチームを維持するという形は、すでに限界に来ていると思います。加えて、教員の労働環境や稼働時間の問題もあり、継続はさらに困難を極めています。

そう考えると、今後のあり方として企業が支援する地域チームを軸に、アンダー15(U-15)やアンダー18(U-18)といった年代別のチームを編成していく形が現実的なのではないかと考えています。その際、企業としては広告効果や将来的な採用へのつながりといったビジネス的な視点を持ちつつ支援していくことが、今後の新たなモデルとして成立していく可能性があると感じています。

また、トップチームにおける「実業団」の形については、「時代遅れ」と見なされていた面もあったかもしれません。しかし、例えばラグビーの現状を見ると、今のリーグワンには、シーズン中に世界各国のトップ選手たちが参加しており、ニュージーランド代表や南アフリカ代表など、世界最高峰の選手たちが日本でプレーしています。

このような実情を見ていると、「実業団」の形は日本ならではであり、非常に有効なモデルになり得るのではないかと、私は思っています。

【競技と仕事の両立】

(橋本)アスリートとして、ずっと競技を続けていくわけにはいきません。いわゆる“生涯現役”という形は難しいのが現実です。ただし、趣味として続けることはもちろん可能で、例えば私自身で言えば自転車です。私のレベルでも、1日に200キロほど走ることがあります。時間がある日には、「とにかく追い込みたい」という気持ちになるくらい夢中になります(笑)。

しかし、トップアスリートとして続けていくには限界があります。そうした時に重要なのが、競技人生からの移行の仕方です。いわゆるデュアルキャリアを意識して、早い段階から将来を見据えた準備をしていかないと、引退後に一気に目標を見失ってしまう方も多いのが実情です。

自分のアスリートとしてのキャリアをどのように社会で活かしていくのか、その移行期をどう過ごすのか。そして、社会で新たに学びながら、ノンプロとして競技を続けることも含めて、自分の今後の生き方をどう描くのか——。少なくともアスリートとしてのキャリアの後半からは考えておく必要があります。そうしないと、それまで積み重ねてきたアスリートとしての経験に十分な付加価値が付かなくなってしまいます。

その意味でも、企業とアスリートが“一時的な関係”ではなく、アスリートの人生やライフステージに寄り添う関係性を築くことが非常に重要だと考えています。例えば、競技の成績が上がらなくなった時点で「契約終了」となるような関係性では、企業としての投資の意味も問われます。アスリートが競技を終えた後も、社会に貢献したり、新たなキャリアを築いたりできるような準備を、企業としてサポートしていくこと。それが、今後の企業価値を高めることにも繋がっていくのではないでしょうか。

たとえば、企業として「学生にスポーツを教える」という活動を1つの事業と捉え、社会貢献や教育の一環として展開することも可能だと思います。やり方次第で、こうした取り組みをさらに広げていくことができるのではないか、そんなふうに考えています。

 

(福田)選手といっても、トップアスリートとしての競技人生が終わった後に、どのように次の人生を歩んでいくかという課題があります。その中で、たとえばビジネススキルの習得や、お金に関する知識を身につけることは非常に重要だと考えています。これはアスリートに限らず、日本人全体としても比較的苦手とされている分野かもしれません。

こうした学びの場を、アスリートだけでなく、私たち企業側も共に提供し、支援していくことは可能だと思います。知識を身につけることによって、アスリート本人の生活が安定し、精神的にも落ち着いていくのではないでしょうか。

心が安定していれば、現役中の競技における判断も、追い詰められることなく、冷静かつ的確にできるようになりますし、引退後の人生設計においても、ゆっくりと落ち着いて、自分らしい選択ができるようになると思います。

一方で、経済的な不安があると、「まだお金が必要だから無理してでも競技を続けなければ」といった無理な判断につながってしまう場合もありますし、逆に、追い詰められすぎて「もう辞めた方が」と早まった決断をしてしまうこともあるかもしれません。

そうならないためにも、私たちとしては、アスリートが安心して人生を歩んでいけるように、ビジネススキルや金融リテラシーの習得を支援していきたいと考えています。それによって、アスリートが自身の将来を自分でコントロールし、より良い判断と人生設計ができるようになることを目指しています。



【サイクラーズとは?】

サーキュラーエコノミー(循環型経済)を追求している会社。あらゆる面で循環型社会に貢献できるような事業を展開する。現在、持ち株会社「サイクラーズ」と、9つの事業会社があり、資源リサイクル事業と、サーキュラーエコノミーを実現する手段を提供するサーキュラーソリューション事業を行っている。

資源リサイクル事業では、創業123年で東京と千葉に大規模なリサイクル工場を構える東港金属を中心に、リユースを手掛ける、トライシクルと、リ・セゾン。多くの廃棄物品目の収集運搬が可能な、TML、三立処理工業があり、トライメタルズではリサイクル金属の海外輸出も手掛ける。サイクラーズでは、廃棄予定の家具にデザインの力で新たな価値を生み出すリメイク家具ブランド「enloop®」もあり、グループ全体で、CO2排出の少ない順にリサイクル手段を選択していけるカスケード式のリサイクルを実現している。

サーキュラーソリューション事業では、リユースも手掛けるトライシクルが、廃棄物業界向けの電子契約システムや、金属リサイクルの電子伝票システムを提供。廃棄物工場のDXに貢献するインターコム、ヨーロッパ製の高性能処理、選別機器を日本に普及し、リサイクル現場の高度化に貢献するサナース。ECで循環をサポートする、タツタサイクルでは、スポーツサイクルパーツやオートバイ用品をEC販売し、スポーツ用品等のサービス提供も行っている。

今期の売上見込みは170億円。従業員は全体で約400名。
グループ拠点は全国にあり、北海道から南まで、地域に根ざした活動を行っている。

福田隆代表取締役はロードレーサーを通勤に使用し、週末はロングライドを楽しみ、年間15000㎞を走るロードを愛する生粋のライダーでもある。